2012年8月13日月曜日

コリン・ロスに会う(1)

古い友人であるコリン・ロスと再会した。彼は多重人格の研究で有名な精神科医である。1994年、私が最初の多重人格患者を見つけて、どう治療したらいいか途方に暮れていた頃である。NHKは多重人格を治療するテキサス州のチャーター病院のドキュメンタリーを紹介した。コリン・ロスはその病院の総責任者であった。


Dr. Colin A, Ross
私は彼にぜひ会いたいと思った。しかし、多重人格研究の第一人者が日本の名も無い心理学者に会ってくれるかどうか不安だった。とりあえず連絡してみると、コリンは病院に来るように言ってくれた。喜んだ私がテキサスを訪れると、コリンは大歓迎してくれたのである。

彼は多重人格の原因と症状を詳しく説明してくれた。患者のほとんどは女性で、幼児期に性的虐待されていた。私は一週間ほど滞在しながら、病院の施設を見学して、彼の治療方法を見せてもらい、アメリカ人の患者と話すことができた。帰る時にコリンは、たくさんの資料をくれて、「これも役にたつはずだよ」と、彼の多重人格患者の症例集「オシリス・コンプレックス」をくれた。

私の多重人格の研究はこの時から始まる。当時の日本は、宮崎勤の多重人格裁判がマスコミを騒がせ、24人のビリーミリガンがベストセラーになるなど、多重人格ブームだったのである。私は1995年に「多重人格」(PHP研究所)を出版して、1996年には「オシリス・コンプレックス」(PHP)を日本語に翻訳したが、日本には専門家が少なかったためにテレビ番組に招かれたことがあった。




「多重人格」を読んだNHKは、多重人格者のドラマ(存在の深き眠り)の制作に協力してほしいと申し込んできた。協力といっても、脚本はジェームス三木さんが書き、私は症状のアドバイスをするだけである。やってみると簡単な仕事だった。主演は大竹しのぶさん。彼女は多重人格の女性を上手に演じて、迫力のある人格変化の場面を見せてくれた。NHKによると、「存在の深き眠り」は高視聴率のドラマになったという。

その頃の私は東京理科大学で一般教養の心理学を教えていたが、多重人格ブームにあわせて、多重人格の講座を開くことにした。テキストは「多重人格」と「オシリスコンプレックス」である。授業の初日に多重人格のドキュメンタリーを見せることにした。アメリカ人患者が人格変化する場面を見ると、学生たちから驚きの声が上がった。多重人格の講座は東京理科大学しかなかったので、教室は学生があふれるほど集まった。

コリンとの関係はその後も続く。2000年に私がひきこもり患者を発見した時、それが母の絆のトラウマから生じる「その他の解離性障害」 (Dissociative Disorder Not Otherwise Specified) だと考えた。それをコリンに話すと、彼は私の考えを海外で紹介すべきだと提案した。2003年、コリンが推薦してくれたおかげで、私はメルボルンで開かれた国際トラウマ・解離・アタッチメント会議に招待された。そこで私は2000人余りの外国人専門家を前にしてひきこもりのセミナーを開くことが出来たのである。

その後は毎年、国際解離研究学会の国際会議でコリンと会っていたが、この7年くらいは接触がなかった。今回は運良く、私たちはグランド・ラピッド(ミシガン州)で再会することができた。彼は少しも変わっておらず、相変わらず精力的に活動していた。

コリンは精神科医というより野武士のようなイメージがある。他人の目を気にせずに、自分が正しいと信じる道を歩く男らしさは、彼の魅力である。専門知識が豊富なばかりでなく、社会のことを幅広く考えているので、アメリカ社会や日本社会の問題など、話題は尽きない。一緒にいると時間があっと言う間にすぎてゆく。

現在の彼はコリン・ロス研究所の主宰である。ダラス(テキサス州)、ロスアンゼルス、グランドラピッド(ミシガン州)の病院でトラウマ性障害の治療法を教えている。