2013年2月11日月曜日

激動する日本社会(4)ひきこもりと家族トラウマ(2/3)

匠雅音氏のブックレビュー:匠氏は自分の親子関係が、ひきこもり家庭と似ており、父と関係が悪かったと述べている。


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 子供が小さなうちは、親が子供を叱るのはしつけであり、子供の反抗は許されない。成人しても親子が衝突したとき、子供が折れるべきだと世間は言う。子供を育てるのに、親はどれほど苦労したか、それを想像せよと、世間は子供に言う。子供の人格を曲げてまで、親に従うことを世間は強制する。しかし、親の元を離れて、ほんとうに楽になった。すでに何十年もたった今でも、父親とは没交渉である。




イラスト:無気力状態で部屋に引きこもっている様子
http://www.mental-navi.net/utsu/rikai/shojo1.html



 昔はひきこもりはいませんでした。たとえば江戸時代の若者がひきこもっていたという文献は見たことはありません。それどころか、戦後、経済成長前の貧しい日本でもひきこもりはいなかった。ひきこもりが社会的な問題として登場してくるのは、80年代後半のバブル期あたり、そして新開などで取り上げられ始めたのはバブル崩壊後です。
 なぜ、ひきこもりは日本経済が破綻した頃に斯在化したのか。その問題を解くキーワードは「豊かさ」だと、私は考えています。個人を否定する日本では昔から、ひきこもりが生まれる素地があったのです。しかし、貧しい時代は、それが問題にならなかった。誰もが食べることで必死だったからです。P113

 その通りだ思う。農耕社会では、親の生き方を押しつけることが、正しい教育だった。日本は貧しかったのだ。全員が生きることに必死だった。今でこそ豊かな社会になったが、1960年代まで我が国は貧しかった。だから、和をもって生きなければ、生活が立ちゆかなかった。農耕社会では個人を殺しても、社会からの強制に従わなければ、生きていけなかったのだ。