2013年5月28日火曜日

ひきこもり発生のプロセス(3)出産

昭和53年(1978年)に長男が生まれた。新東京国際空港(成田空港)が開港した年である。原宿では竹の子族と呼ばれる少年少女が踊り狂っていた・・・

32才の出産は当時では遅い。同級生たちは二番目、三番目の子どもを産んでいた。両親や姑から初孫の顔をいつ見れるのかと言われていたK子さん。子どもを生むプレッシャーから解放されホッとする。



ターミナルビルと旅客機


K子さんはもう世間に恥ずかしくないと思った。夫の両親もK子さんの両親も大喜びである。K子さんも両親に喜んでもらえて嬉しかった・・・

生まれたばかりの赤ちゃんは、ぶよぶよした感じで、ちょっと気持ち悪かった。ニコニコした看護婦さんから「可愛い男の子ですよ」と手渡されると、K子さんは初めて自分の子供という気持ちになった。

舅は長男をL男と名付けた。夫が反対しなかったので、K子さんは何も言わなかったが、でも、本当は好きな名前ではなかった。跡継ぎができたと喜ぶ夫の両親を見ながら、K子さんは複雑な気持ちになる・・・

L男の世話をするうちに「この子は私のもの」という感覚が強くなった。「この子ならば私の気持ちを分かってくれる」と感じると、K子さんは満たされた気持ちになった。それは、自分の味方が現われたという安心感であった。

しかし、赤ちゃんの世話は想像以上に大変だった。夫が手伝わないのでK子さん一人でやらねばならない。夜泣きすると夫が眠れないので、L男を抱いて深夜にベランダに出たこともある。そして、早く起きて朝食を作って夫を送り出さねばならない。赤ちゃんに振り回されるK子さんは寝れない夜が続いた・・・

K子さんは赤ちゃんの気持ちがよく分からなかった。赤ちゃんが泣くと、どうしていいか分からなくなり、L男が自分を責めるように思えた。どんなに必死に世話をしても、L男は泣き続け、食べたものを吐き、機嫌が悪い。K子さんは、おしめを取り替える時の汚物の臭いで吐きそうになったことがある。

K子さんはL男に裏切られたような気持ちになった。L男はK子さんを理解するどころか負担にしかならなかった。決して助けにはならない。泣き叫ぶ子どもがうっとおしいレベルを越えて、自分の敵に見える時さえあった。

毎日、夫の帰りを待つK子さん。夫が仕事で大変なのは分かるが、もう少し妻の立場も考えて欲しいと思った。夫は子育てには関与せず、帰宅して食事の支度がしてないと機嫌が悪くなる。夫婦のコミュニケーションは無いままである。「夫とは心が通じない」という思いはもっと強くなった。

夫と赤ちゃんの世話に疲れたK子さん。ある日、L男を床に叩き付けたい衝動を感じた・・・